雑誌ができるまで #15 ベルリン&アムステルダムから持ち帰った本【後編】※無料版
vol.46 | 2022年11月9日
vol.46 | 2022年11月9日
つくる者にとってうれしいのは本が広まっていくこと。ブックフェアは出店して販売するのも仕事だけど、魅力的な出店者から本を購入できるのも大きな楽しみだ。そして魅力的な街には、「土地の思考」が詰まったブックショップがたくさんある。ヨーロッパのアートブックの現在地、ベルリン・アムステルダムから持ち帰った本の紹介、後編。
加藤:ドイツ版「造本装幀コンクール」のカタログだね。
加納:こういったカタログは同じくコンクールが開催されているオランダやドイツなどでもつくられていて、特に面白いと思うのはスイスです。優れたブックデザインを紹介する本なので、その本自体のブックデザインが優れていなければ元も子もないです。網点まで拡大して受賞作を掲載した年や、受賞作すべてを白黒コピーで再制作する年もあって、編集もデザインも挑戦的なアイデアが毎年求められます。ドイツのこの年のカタログはリング製本で本のディティールにフォーカスした写真を掲載しています。ページをまたぐように写真が配置されていて、全貌の見えないまま本の特徴を探るような視点がアートブックに触れる経験に近いものを感じます。
加藤:こういうアーカイヴ本こそデザイン性やコンセプトを体現してないといけない。日本はいつも予算が…いや、それが要因でもない気がしている。あまりポジティブな話にならないからしないけど。「造本装幀コンクール」の展示でもスイスが抜きんでていた。さすがデザインが国家プロジェクトの一翼を担っている国だ。
加藤:こういうやわらかく、ぐにゃぐにゃの装丁の本は惹かれてしまうね。折ってホチキスで止めただけ。1色だけなのも潔い。
加納:中綴じのやわらかい製本で、NCとも共鳴するところを感じて買いました。これはブリュッセルで行われたグループ展の記録集で、それぞれのアーティストが16ページを担当してデザインしたものだと思います。本自体を展示の場として、アーティストがページを制作するというのは、セス・ジーゲローブによる68年の『The Xerox Book』が元でしょう。網点の使用など、印刷の要素を作品にどう組み込みかが問われますね。
加納:新たなビジョンを提示したり未来を主導するデザインではなく、身の周りの世界を見直し互いを結びつける、ケアを主体とした共感に基づく在り方を探るデザインプロジェクトを集めた本。そのため社会活動に実践的に介入するようなものが多いですね。ソーシャル・エンゲイジド・アートと重なるところもあります。ソフトカバーで厚めの書籍だけれど、手に取ったときの柔らかな感触が、固くなりがちなプロジェクトアーカイブの本に読みやすさを与えている気がします。
加藤:社会的なテーマだとは思えない。手にとって持っておきたいと数秒で思ってしまう。色が特徴的。広げられるカバーの仕様も効果的。
加納:プロセス4色のインキを一部差し替えていて、マゼンタが赤でスミを茶色にしているのが特徴的だと思いました。そのため本文の文字のベースは茶色になっていて、写真の色味も変な濁り方をしているんです。版元の〈Onomatopee〉は、論文や文章ベースのものをビジュアルを交えながら効果的に見せる本をよく手がけています。
加藤:通底するブラウンカラーも意味があるんだろう。土っぽいとか、アフリカとか。本全体で意味を体現している。NCはオフ1C単位で色を決められるから、オフの特色とリソグラフの組み合わせで見せられる。
加藤:これは古本かな。加納くんは書棚の低いところも隅々まで見てディグってるよね…。
加納:Yael Davidsというパフォーマンスアーティストが、documenta14(前回)で発表したパフォーマンスの記録集です。イスラエル出身でアムステルダムを拠点としている方ですね。版元は〈Roma Publications〉。
加藤:ソフトカバーなんだけどハードカバーにも見える仕様が巧い。普通に見えてディテールが光る、さすがRome。
加納:事情はわからないですが予算が少ない中で工夫したのかなというつくりです。基本的に1色で印刷されていて、製本もホチキス留めの平綴じですが、ホチキス部分を隠すように折り返すことで、背のあるソフトカバーのように見えるというアイディア。これだけで本の印象がぐっと変わります。
加藤:作品をしっかり解釈してから装丁に落とし込んでいて、ゆっくりめくっていくとじわじわと意図がわかってくる。とにかくインパクトをとかじゃない。
加納:上質系の紙に画像、コート紙にテキストという通常とは逆の判断も作品との親和性がきっとあるのだろうと思います。デザインはMavis & Van Deursen。制作面でも教育面でもオランダのデザインを牽引する重要な二人ですね。
加納:この本はオフセット印刷ですが、もともとはリソグラフを所有して多くの本を出版していたスイスのRollo Pressが版元の写真集です。オスカー・ニーマイヤーによってブラジルに建設されたホテルで、廃墟同然になっている姿を写真家のオラフ・ニコライが捉えたもの。
加藤:300ページくらいだけど新聞用紙だからグニャグニャと柔らかく、手に持ったときの驚きがある。言葉もほとんどなく、淡々と寂れた写真が続いていく。
加納:用紙も印刷再現性が高いものではないので、全体的に浅く、色も沈んでいたりします。けれどそれによって忘れられた建築物の空気や質感を直感的に感じられるデザインになっています。地側も断裁していないので、針のクワエの跡がそのまま残っていて、整えられた印象を放棄しているのがいいですね。だから断ち落としではなく地側にだけ余白ができてしまう。デザインの意図というより制作工程上こうなってしまった、というラフな設計というか。
加藤:リソグラフで写真集つくりたいと考えているけど、ラフな仕上がりのクオリティをどう保つかが課題。有名な写真家がNCで別ラインの写真集をつくるとしたら…最近はそればかり考えているよ。
無料版はここまで。コミュニティ版は以下のタイトルが読めます。
text: Naonori Katoh