「デザイン」のためのリサーチ#7 アートブックフェア【前編】※無料版

vol.40 | 2022年10月10日

今年も10月末に〈TOKYO ART BOOK FAIR(TABF)〉が開催される。昨年に続き今年もNCも出店する。いまやアートブックフェアは規模の大小を問わず世界中の都市で開催されている。普段は本を介さないと出会えないつくり手や作家たちと、直接会ってコミュニケーションを取ることができたり、アートブックに携わる人々が一堂に会することで思わぬつながりが生まれたりする本の祭典と言えよう。今回はアートブックフェアの始まりについてリサーチをしていく。

アーティスト・ブックを使い捨てるな

“ブックフェア”(=書店市)そのものは15世紀から存在するが、“アートブック”に限定するならば、その始まりは2006年に独立系非営利書店〈Printed Matter, Inc.〉が開催した〈NY Art Book Fair(NYABF)〉だろう。

キュレーターのルーシー・リパードとアーティストのソル・ルウィットを中心とした、アーティスト、評論家、出版社などのゆるい共同体による非営利の芸術空間〈Printed Matter, Inc.〉は、1976年、ニューヨークのロウアーマンハッタンに位置するトライベッカ地区で誕生した。当時「アーティスト・ブック」(≠アートブック。アーティストが本の構造を作品の成立条件に取り込む作品のことを指す。特にコンセプチュアル・アートやフルクサスなどの美術のなかで、多くのアーティストたちによりユニークな作品が制作された)は取るに足らないものとされ、アートディーラーがコレクターにアートを販売する際の無料の宣伝材料として使われていた。この状況を改善するべく、〈Printed Matter, Inc.〉は、真面目でユニーク、かつ奇妙なアーティスト・ブックの制作・販売・流通手段をアーティストに与えることをコンセプトとした。

発案者はソル・ルウィットで、実際に自分のつくったアーティスト・ブックが使い捨てのように使われる状況を目の当たりにして、正当な芸術作品として敬意を払われるものにしたいと考えた。ルーシー・リパードは〈The Museum of Modern Art(MoMA)〉のキュレーターとして働いていた経歴を持つが、MoMAがアーティストに向かって作品を寄贈するように恐喝したことや、女性アーティストを軽視する姿勢を取ったことに抗議して退職。『The Xerox Book』のキュレーションで知られるアートディーラー、セス・ジーゲローブとの交流や、コンセプチュアルアーティストたちとの関係のなかでアーティスト・ブックの面白さに目覚め、〈Printed Matter, Inc.〉に参画した。当時彼女がつづったエッセイは、痛烈な希望の文章で締め括られている。
「いつの日か、アーティスト・ブックがスーパーやドラッグストア、空港に置かれ、それによりアーティストが経済的利益を得られるようになるのを見てみたいものです」

ただ、当初掲げていた「安価でインディペンデントなアーティストブックを多くの人々に普及させる」という理想的な目標は、数冊の本を出版し資金が尽きたところで断念せざるを得なかった。〈Printed Matter, Inc.〉はここから、アーティストのためのブックストアとしての歩みを始め、現在のような展示スペース、コミュニティの場、前衛的なアーティストの支援システムなど複数の顔を併せ持つ独立系非営利書店となった。

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text: Daisuke Kano / edit: Mitsuki Maru