「デザイン」のためのリサーチ#6 ソ連の地下出版「サミズダート」【後編】※無料版

vol.33 | 2022年9月7日

旧ソ連時代、非公式に流通し、政府公認の印刷機を使用せずに刷られた出版物「サミズダート」。出版、印刷、製本、発送、販売、在庫管理、後世への保存に至るまで、すべての機能は読者によって担われていた。時には読者がテキストの作者である場合もあったため、その内容は文学や時事にまつわることに限らず、ヨガからSFまで、日常的な関心ごとも多く存在していた。後編ではより広く「サミズダート」について紐解いていく。前編はこちら

読者ネットワーク

「サミズダート」の流通方法は、コピーを渡し、受け取った人がタイプライターでタイピングをしたり、写真を撮ったりして複製し、また誰かに渡していくという連鎖によるもので、読者による読者のための非公式な流通ネットワークが育まれていった。原稿はほとんどの場合、1日か一晩だけ保管され、大急ぎでタイピングして手製のコピーを作成したため、同じ文献を見比べると、誤字脱字はもちろん、驚くほどさまざまなバリエーションがあるのがわかるという。現代のすべて同一のものが印刷されるコピーに比べると、サミズダートの原稿とコピーの区別は曖昧かつユニークなものだった。

時間の節約や美的感覚から、文章や詩集の一部分だけの書き写しが流通し、新しいバージョンが定着することもあった。サミズダートの読者調査で、ある回答者は、長く流通し、口頭でも伝えられたアンナ・アフマートヴァの詩集『レクイエム』の手書きコピーを大切に保管していたが、それが最終的に印刷されたバージョンと一致しないことが発覚したと報告している。こうした事実から、サミズダートは著作権と無縁だったと言える。著者は出版した瞬間にテキストに対する支配権を失い、読者にどのように届くかを計り知れないのだ。

サミズダートの読者は、近しい友人やコピーを手渡しする間柄の人間関係だけでなく、より大きな、想像上のグループへの帰属意識を持っていた。ロシア語の慣用句に、「私たちは同じ本を読んでいる」というものがあるのだが、これは同好の士を表す言葉である。つまり、「メンバー全員がお互いを知っているわけではないが、それぞれが共通の帰属意識を持っているマスメディア的な集合体」であり、サミズダートは事実上、想像の共同体をつくり出したのである。

タイプライターと女性

1979年にサミズダートの出版物として、ロシアの女性に関する年鑑『女とロシヤ』が発表された。この本は、1960年代から70年代にかけて西側諸国で支持を得た言説をフェミニズムと定義するなら、ソ連(ロシア)で最初のフェミニスト出版物であった。本書の制作を含め、サミズダートに関与していた女性たちの一人、コピーエディターのナターリア・マラホフスカイアは当時の仕事についてこう回想している。

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text: Daisuke Kano / edit: Mitsuki Maru