特別連載&インタビュー #5 「本屋 青旗」編【無料版】

vol.32 | 2022年9月1日

福岡に「アオハタ」といういい本屋さんができた。その噂は同業者に何度も聞かされていた。2020年10月にオープンした、アーティストブックや写真集、店主独自の審美眼が光るビジュアルブックが並ぶ「本屋 青旗」。ここで2022年、NCのアーカイブ展が行われた。のんびりと時間を過ごしながら、店主の川崎雄平さんとのとりとめも無い“本当の話”がこちら。あなたはなぜ本屋さんに?

青い旗の始まり

加藤:RomeにFW:、mackにActual Source、パッと見ただけでほしいのがいっぱいです。外と中で雰囲気が全然違いますね。

川﨑:ありがとうございます。2階に上がってこられて驚かれる方が多いです。築はかなり古いです。

加藤:まずは川﨑さんのプロフィールを聞ければと思います。

川﨑:現在、33歳です。青旗をやる前はグラフィックデザイナーでした。その後、設計事務所に少々いまして、30歳で辞めて本屋になりました。

加藤:30くらいだとどうしても考えますよね。この先これでいいのかって。なぜ本屋をやろうと思ったのでしょう?

川﨑:最初はデザインの参考にアートブックを買っていました。次第に好きな本と自分の仕事との乖離に悩むようになりました。広告とか商業施設のビジュアルまわりとの仕事がメインで。役割の違いだと思うのですが、いい本のデザインに触れていくと、自分がそういう文脈で仕事をするのが無理だとわかってしまった。自分はロジャー・ヴィレムス(Rome publicationsのデザイナーであり代表)にはなれない(笑)

加藤:そういうのありますよね。僕は最初エロ本の編集部に配属になり速攻で諦めました。まわりに真性変態で作家みたいな人が編集者をやっていて、自分にはその分野で飛び抜けることは無理だと悟りました。川﨑さんはグラフィックをつくる方ではなく売る方へいった。最初からビジュアル中心のセレクトにしようと思っていたんですね。

川﨑:福岡には、自分が買いたいアーティストブックがあまりなかったのでオンラインで買っていました。ある程度高い本なので、インターネットの情報だけだと躊躇しますよね。自分が欲しかったのと、触って買える場所があったら自分がうれしいなと思ったのが最初ですね。

加藤:まだオープンして2年弱ですね。つくるときにいろんな本屋をまわりましたか?

川﨑:そうですね。東京はもちろん台湾にも見に行きました。台北の〈朋丁pon ding〉が特にいいと思いました。

加藤:僕も行きました。ギャラリーもいい感じですね。

川﨑:古いアパートメントをうまく改装した空間が素敵だし、セレクトも好みでした。台北でできるなら福岡もできるでしょ、くらいの軽い考えだったんです……。

加藤:台北はめちゃくちゃセンスいいし、アートブックフェアも盛んです。何よりも本に対して興味があるってのが大きいです。台北のブックフェアに出たことがあるのですが、つくり手に対する興味が質問攻めでわかりました(笑)。とてもうれしかった記憶があります。

川﨑:たしかに。台北でいけるなら福岡でも……完全に自分の勘違いでしたね(笑)。台北はいい美術館があるし、小さなギャラリーもとてもいい。

加藤:福岡は台湾も韓国も近いですよね。

川﨑:そこらへんのお客さんも見込んでいました。来てくれるような場所を福岡につくれれば、東京や京都とは違う流れができるのかなと。

加藤:コロナが丸かぶりでしたね。韓国にも〈corners〉という素晴らしいリソスタジオがあるし、繋がりができていたかもしれない。

川﨑:オープンした瞬間からコロナです。2、3年前なら売上が違っていたかもしれませんね。

加藤:ひっきりなしに若いお客さんが来ますね。ファッション好きやオシャレ感で最初はいいと思うんですよね。入り口は。

川﨑:福岡は美術大学がないのですが、大学生がけっこう来てくれます。間口は広くありたいですね。カルチャーのハブになれるのが本屋なのかもしれない。接点が偶然生まれるから、カルチャーに触れられる場所にここがなればいい。

加藤:ギャラリーを併設することは決めていましたか?

川﨑:そうですね。福岡は大きな美術館や企業がやっているギャラリーはあるのですが、グラフィックデザインや建築、アートのギャラリーがそこまで目立っていなかったんです。本屋+カルチャーの展示ができる空間をつくり込めれば可能性はあるかもと思っていました。デザイナーさんとか作家さんが来てくれるんじゃないかなーと漠然と。

加藤:狙い通りの印象がありますね。東京のデザイナーや編集者から青旗の噂を聞いていましたし。2年弱経ってどうですか?

川﨑:予想よりも速いペースで実現できています。特に展示したいと思える作家さんの展示が実現しています。

加藤:仲條正義さんの展示は驚きました。横浪修さん、川島小鳥さんなど写真家に加え、中山信一さんや中島あかねさんなど絵の人も多く開催されています。東京でも見られないメンツです。いや東京にももちろんあるけれど、いい意味で分散してしまっている。福岡は青旗に来ればいい。

川﨑:呼べると思っていなかった人たちが展示してくれました。基本的には自分で選んだ人でやりたいと思っていて、貸しはやっていません。

加藤:貸しをやらないのは場所のクオリティを保つために?

川﨑:そうですね。本当にやりたい展示ができなくなると本末転倒だなと。

本屋を仕事としてやる

加藤:理想的ですね。東京在住のアーティストは、展示で福岡に来られるのは楽しみでしょうし。どうやって仕事として成り立たせていますか?

川﨑:本の売上と展示作品の売上ですね。たまに本のレビューは書いたりはしていますけど。選書も少々です。

加藤:本の売り上げがメインだと、1ヶ月の売上予測は最初から計算していた?

川﨑:はい。月によってでこぼこありますね、やっぱり。1年間は赤字でした。1年経ってこのペースでいけばという数字が見えてきた。我慢比べですね。

加藤:内装の費用もありますしね。シンプルながら本棚が計算されているし、内装が建築的でいいですね。空間が最初から完璧にイメージされている。ロゴやビジュアルまわりは田中せりさんですよね。予算をかけないやり方もあったと思いますが。

川﨑:そこは最初から意識していました。空間のクオリティとデザインがキモだと。展示をしてくれる作家さん、どういう人がお客さんになるかを考えて多少無理してそこはやりきろうと思っていました。

加藤:徐々につくり上げていくのではなく、最初のイメージを高い位置でコンストラクトする。僕なんかはセコいしビビりだから、まずはDIYでやることを考えてしまう。でも来た瞬間から「おお、この空間はいい」ってなるにはきちんとお金をかけないといけない。最初のイメージが大事だから。

川﨑:自分でやる選択肢もありました。できたかもしれない。でもそれだと時間がかかる。店の信頼を積み上げていくときに時間がかかってしまう。加藤さんが言ったように、言い方は悪いですけど、センスのいい人、感度の高い人をいかにつかまえるかが重要だと思っています。それは本のラインナップにも影響します。

加藤:初期投資は内装、グラフィックまわりもろもろで4、500万くらいですか?

川﨑:近いですね。貯金と借り入れもしてスタートしました。

加藤:胃が痛い……基本的に仕入れはディストリビューター経由ですか?

川﨑:いや、それだけじゃないです。直取引も自分で交渉します。本屋が出版社と直取引する場合は、ある程度まとまった数量が必要になる。少ないと送料も高くなります。送料負担の少なそうな薄い本とかは10冊くらいで仕入れます。版元によって掛率と送料のバランスが違うので都度判断して冊数を決めていますね。

加藤:ある意味でギャンブルですね。高い本だとインターネットの情報だけだと怖くないですか?直取引の場合、買う基準はありますか?

川﨑:作家と出版社への信頼が一番ですね。

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text: Naonori Katoh